民事信託(前編)
老い支度のひとつとして「民事信託」を利用する方が増えています。「民事信託」がどのようなものかご存じでしょうか。「民事信託」について前編と後編に分けて、埼玉総合法律事務所 弁護士 月岡朗先生に解説いただきます。
1.民事信託とは
老い支度のひとつとして、民事信託の利用を検討される方が増えてきています。
例えば、賃貸アパートなどをお持ちの高齢者の方が、賃貸アパートの管理が大変になってきたので、信頼できる子供にその管理を任せられないかと考え始めることがあります。このような場面が、民事信託の利用を考え始める一場面です。
そもそも民事信託とは、何でしょうか。民事信託という言葉については、「民事」という言葉と「信託」という言葉があります。
「信託」とは、特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的達成のために必要な行為をすることと定義されます(信託法2条1項)。簡単に言えば、信託とは、財産管理と財産承継のための制度といえると思います 。
この「信託」に「民事」という言葉がついたのが民事信託ですが、我が国では、主として、家族の財産管理や財産承継のために利用される信託を「民事信託」と呼んでいます(神田秀樹・折原誠「信託法講義(第2版)」5頁)。
2.民事信託の特徴1
さて、老い支度のひとつとして、民事信託の利用を検討する方が増えているのはなぜでしょうか。
民事信託と他の老い支度の制度を比較すると、民事信託の特徴がみえてきます。以下のような高齢者の方の例で、ご説明します。
事例1 賃貸アパート等をお持ちの高齢者のAさんは、賃貸アパートの管理が大変になってきたので、信頼できる子供に賃貸アパートの管理を任せられないかと考え始めた。また、Aさんは、最近、高齢者が詐欺の被害に遭うとのニュースをみて、自分も被害にあわないか心配している。
⑴ 法定後見制度について
高齢者の財産管理の制度としては、法定後見制度があります。
法定後見制度とは、判断能力の低下の度合いに応じて、成年後見人や保佐人や補助人という人に財産を管理してもらう制度です。
①成年後見人は精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く※状況にある者に対して、選任されます(民法7条)。②保佐人は事理を弁識する能力が著しく不十分である者について選任され(民法11条)、③補助人は事理を弁識する能力が不十分である者について選任されます(民法15条)。この事理を弁識する能力の程度については、医師の診断書などにより判断されます。
※自分のした法律行為の結果を判断する能力が無いこと・・・例)日常的な買い物が1人でできないなど
しかし、上記のAさんのように、「賃貸アパ-トの管理が大変になってきた。」という場合には、まだ事理を弁識する能力が不十分とはいえず、成年後見人はもちろん、保佐人、補助人も選任できないこともありえます。
また、仮に補助人等を選任することができたとしても、誰を補助人に選任するかは家庭裁判所が判断します。そのため、息子ではない方が補助人になってAさんの財産を管理する可能性もあり、Aさんの希望に沿わない可能性もあります。
⑵ 任意後見契約
次に、Aさんが息子を任意後見人とする任意後見契約をするという方法もあります。
任意後見契約とは、公正証書によって、将来Aさんの判断能力が不十分な状況となった時に財産を管理する任意後見人を、今の時点で選任する契約です。
そして、将来、Aさんの判断能力が不十分になった場合には、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立て、息子が任意後見人として財産管理等をすることとなります。
また、任意後見契約をする場合には、判断能力が不十分になる前の段階で、息子さんに財産を管理してもらう財産管理契約も一緒に締結することもあります。
このような任意後見契約や財産管理契約により、Aさんは、息子さんに、財産を管理してもらうことができるかもしれません。しかし、任意後見契約では、Aさんは単独で有効に契約をできるため、詐欺の被害に遭うリスクがあります。
また、任意後見契約が効力を発する時には、家庭裁判所の選任する任意後見監督人を選任することになり、この任意後見監督人の費用がランニングコストとして生じることになります。
⑶ 民事信託
それでは、民事信託ではどうなるのでしょうか。
民事信託では、誰に財産を託すかは、民事信託契約の当事者で決めることができます。つまり、Aさんと息子さんで、財産を息子さんが管理すると決めることができるのです。
そして、民事信託契約等により、Aさんの財産が受託者である息子に移転しますので、Aさんは、息子さんに、アパートの管理を任せることができます。
また、詐欺などの被害に遭うリスクについても、民事信託契約で息子に財産を移転することができ、その結果、詐欺等で財産を取られるリスクを低減させることができます。
さらに、民事信託では、任意後見監督人のように家庭裁判所が選任する方は必要ではありません。そのため、息子さんに財産を無償で託すような場合には、ランニングコストを抑えることもできます。
その他、アパートを賃貸している場合には、アパートの建替え等のために金融機関から借入が必要となること等もあるかもしれません。法定後見制度等では、金融機関からの借入には困難が伴いますが、民事信託契約では可能です。
⑷ まとめ
このように民事信託契約は、今は元気でも、将来、判断能力が低下した時に備えて、自分の希望する方に財産を管理してもらう契約が、低コストでできるというメリットがあります。また借入などの点で、アパート経営にも適しているというメリットがあります。
他方で、民事信託にも注意点があります。 民事信託は財産管理の制度なので、将来、Aさんが施設入所や入院が必要となった場合の法的な権限を認めるものではありません。
このような施設入所や入院への対応に備えて、息子さんとの間で、民事信託契約に加えて、息子さんを任意後見人に選任して施設入所に対応できるようにしておくという方法もあります。